資産運用
2018.11.16

古本屋の街神田の変身 若い人が集まり地価も上昇中

(写真=PIXTA)
(写真=PIXTA)
「江戸三大祭り」の1つとして知られる「神田祭」は、200を超える神輿(みこし)が、創建730年の歴史を誇るご本尊神田明神の境内を練り歩く「宮入り」でクライマックスを迎えます。歌舞伎下座音楽の「佃節」でも「いきな深川、いなせな神田、人の悪いのが麹町」と歌われてきましたが、「宮入り」は神田っ子たちのいなせぶりを実感させます。江戸風情を今に伝え、空襲被害を免れた建物も数多く残る神田の街ですが、今静かに変貌を遂げつつあるのです。

神田の人気は上昇中

1970年ごろ、丸の内の公示地価は同じ千代田区にある神田の2倍でした。それがバブル期の1990年には3倍にまで開きます。さらに、リーマンショック後の2009年には16倍にまで拡大しました。2002年頃の丸ビル建て替えをスタートに、旧国鉄本社ビル跡地の再開発と複合商業施設(丸の内オアゾ)オープン、丸の内パークビル開発と三菱1号美術館の完成など、丸の内では大型プロジェクトが相次ぎました。

豊洲などの湾岸地帯や六本木などの都心でも、再開発が進みます。一方、神田地区は狭い区画が多いこともあり、大きく立ち遅れます。ところが、最近では丸の内のオフィス街・大手町の官庁街も2キロメートル圏内という高い利便性にもかかわらず、賃料が安い点が着目され、特に地方に本社を置く企業の東京支社や大手企業の関連会社オフィスとして需要が集まっています。

不動産リサーチのCBREのリポートによると、2018年4~6月期の空き室率は0.5%と、都心主要エリア5区(港・中央・千代田・渋谷・新宿)の1.0%を下回っています。ちなみに空き室率は、ここ半年間でも0.6ポイントほど低下しました。空き室率の低下を受け、賃料も1年間で2%ほど上昇しています。雑然としたイメージが強い神田エリアですが、最近は新しいビルの供給も増えてきました。

2015年5月には地上17階地下2階、商業施設やカンファレンスホールを擁する複合ビル「テラススクエア」が神田に誕生しました。この他にも、ミレーネ神田PREX (地上9階)・ユニゾ内神田一丁目ビル(地上12階)・oak神田鍛冶町ビル(地上9階 地下1階建)などの竣工が続いています。しかし、神田の魅力は利便性と割安さだけではありません。

若い人の集まる神田

神田一帯は、かつて「神田区」と呼ばれていました。1947年には麹町区と合併して千代田区が誕生、神田区は消滅します。町名も神田末広町・神田旅籠町のように町名変更の憂き目にあった街も少なくありませんが、それでも神田錦町・神田小川町などいくつかの街は名前を残しています。最近、旧町名の「神田猿楽町」「神田三崎町」が復活しました。

こんなところにも、地域の人たちの「神田」に対する愛着が強く感じられます。神田一帯には、古い風格のある町並みが多く残ります。特に神田須田町・淡路町の靖国通り・外堀通り・神田川に囲まれた三角地帯は、戦前の料亭建築が現存して江戸の風情を色濃く残し、「奇跡のトライアングル」と呼ばれています。

そんな神田の街には、若い人が集まりつつあります。新住民からは、「伝統あるものを大切にしつつ、かといって気取ったところがない」「古い地名を守っているところに好感が持てる」などの声が寄せられています。

東神田エリアにも訪日外国人が集まる

かつて繊維などの問屋街として栄えた東神田エリアも、生まれ変わりました。日本橋川・昭和通り・隅田川・神田川に囲まれた地域は、リーマンショック後の経済低迷ですっかりすたれ、空きビルも目立っていました。ところが、最近では訪日外国人向けのホステルが立ち並び、にぎわいを取り戻しています。まだ、色のついていない町の「余白」が、外国人にとっては魅力として映るのです。

外国人だけではありません。街の活況とともに地区の人口は10年間で6割も増えています。次回の神田祭は翌年5月9日に「鳳輦神輿遷座祭」で始まり、最終日の例大祭まで7日間にわたり繰り広げられます。新元号の幕開けを迎える節目に、神田が伝統を守りつつ新しさを取り入れていく姿から目を離せません。

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